災害時の乳幼児栄養に関する指針 改訂版

2011年4月作成、2018年6月改訂

 地震・津波や水害などの災害時には「災害弱者」としての乳幼児とその母親には、栄養についての特別な支援が必要である。以下は、災害時の乳幼児栄養についての保健医療専門家としての観点からの指針である。

 災害時には栄養的支援のみならず、心のケア、社会的サポート、および感染症予防の観点を視野に入れた包括的支援が必要である。栄養的支援のために、担当部門は2歳未満の乳幼児の数(月齢別に)、2~5歳の子どもの数、妊婦、授乳中の女性の数を把握し、その栄養方法を把握、評価、モニターすることが必要となる。

災害発生直後には、まず乳児用人工乳とその調乳に必要な物資が必要とする場所に迅速に届くよう手配する。平行して母乳育児中の母子に対して、母乳育児が継続できるような支援を行う。


1.乳児用人工乳は適切に供給する

 非衛生的な環境下での調乳や人工乳の使用は、感染性胃腸炎の発生や流行のリスクを高めて危険である。調乳には安全な水,容器、熱源(コンロなど)が必要なことにも留意し、安全な調乳ができる環境の確保に努める。母乳で育てている母親に適切な情報と支援を提供しないまま必要以上の量の人工乳を配給することは、母乳分泌量を減らしひいては母乳育児の終了にもつながる。人工乳は責任のある単一機関が管理することで、必要な乳児や養育者にのみ支給されるようにすることが望ましい。善意からであっても責任のある機関が関与しない寄付は適切ではない。

2. 乳児用人工乳を使用する際の留意点

  1. 調乳には、清潔な水と洗剤で洗った容器、できれば熱湯消毒した容器を用いる。十分な洗浄ができないまま消毒液につけるのは危険である。
  2. 特に人工乳首は清潔に保つのが難しいため、人工乳首を使わず、紙コップ、洗剤で洗浄したスプーン、湯飲み、あるいは茶碗などを使うことが望ましい(注1)。
  3. 人工乳に添付された説明文に従って正確に調乳する。
  4. 「サカザキ菌」感染予防のためには、1回沸騰させた後ややさました熱湯(70℃以上)で調乳した後にさまして与える。
  5. 調乳後は遅くとも2時間以内に使う。
注1)コップでの授乳

新生児でも、乳汁はスプーンや小さなコップで飲ませることができる。洗浄や消毒ができないような状況では、あれば使い捨ての紙コップが便利である。

    

(1) 赤ちゃんが完全に目が覚めている状態で、母親のひざに座らせて縦抱きの姿勢をとる。
(2) コップを下唇に軽く触れるように、コップの縁が上唇の外側にふれるようにあてる。次いで乳汁が赤ちゃんの唇にふれるようコップをゆっくり傾ける。
(3) 唇に触れると赤ちゃんは自分ですすって飲むので、コップを唇につけたまま、中の液体が唇に触れるよう少しずつ角度を調節する。口の中にミルクを注いではいけない。
(4) 呼吸を調節するためときどき休む。赤ちゃんは満ち足りると口を閉じ、それ以上飲もうとしなくなる。
(5) こぼれる量が多いかもしれないので,必要量はその分を見込んで調乳する。

3. 調整液状乳(液体ミルク)

 災害でライフラインが停止してしまうような緊急時には調乳が必要な粉ミルクよりも安全である。国内では従来流通していなかったため、IFEコアグループ(注2)のガイドライン(注3)等を参考に、適切な情報とともに安全に運用されることが望ましい。

注2)IFEコアグループ(Infant Feeding in Emergencies Core Group):WHO, UNICEF, IBFAN (乳児用食品国際行動ネットワーク), ENN(緊急時栄養ネットワーク), WFP (国連食糧計画)、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、SAVE THE CHILDRENなどの人道支援団体から成るネットワーク
http://www.ennonline.net/ifecoregroup

注3)Operational Guidance on Infant Feeding in Emergencies (OG-IFE) version 3.0
https://www.ennonline.net/operationalguidance-v3-2017
旧版は「災害時における乳幼児の栄養〜災害救援スタッフと管理者のための活動の手引き」
https://www.jalc-net.jp/dl/OpsG_Japanese_Screen.pdf

4. 災害時に母乳育児を続けることと、そのための支援の大切さ

  1. 母乳に存在する感染防御因子(免疫物質)は、非常事態で蔓延しやすい腸管感染症のみならず呼吸器感染症からも赤ちゃん、さらには周囲の人々を守ることに役立つ。また母乳で育てられている子どもへの支援物質は少なくてすむため,母乳で育てられる子どもの割合が多ければ多いほど、人工乳の子どもへのより手厚い支援が可能となる。災害時には大人も子どもも精神的に不安定な状況に陥るが、授乳によって母親は生きていることの喜びを感じ,母児双方ともに安心し、周りの人々は癒しを感じることができる。
  2. 災害時には一時的に母乳が出にくくなることがあると言われることがあるが、それは生理的な防御反応であり、安心して授乳できる環境を提供するなどの配慮があれば回復して母乳育児を続けることができることを、支援者はじめ周囲にいる人たちが理解することが重要である。

5. 災害時に母乳育児を支援する方法

  1. 普段より頻繁に授乳を行えるよう母と子を取り巻く環境に配慮すれば、母乳育児は続けやすい。一時的に分泌量が減った場合でも、授乳回数を増やせば分泌量を回復することができる(母乳復帰)。またそれまで混合栄養だった場合でも、より頻繁に授乳することによって分泌量の増加が期待できる。分泌が充分に増加したら人工乳は中止できる。
  2. 母親に十分な食事が供給されなくても、数週間程度であればそれまでと変わらない成分(栄養・免疫)の母乳が分泌される。しかし授乳中の母親自身の健康を優先して水と食糧を供給する。
  3. 母子が一緒にいられないことは、母乳の分泌に影響を与える可能性がある。精神的に安心するためにも、避難所でも家族が一緒に過ごせるよう配慮する。
  4. 避難所に授乳中の母子のために、簡便であってもプライバシーが保持できる授乳スペースを確保する。
  5. 災害時もしくは災害直後に出産がある場合、安全な人工乳が与えられない状況を考えると、なおさら母乳育児がスムーズに始められる支援が大切となる。出生直後からの早期授乳を含む肌と肌との触れ合い(早期母子接触)、母子が離れずにいること、そして頻回授乳が大切である。
  6. 母乳を十分に飲めているサイン(1日に5〜6回の尿、生後1か月くらいまでは1日3回以上の便など)を母親に伝え、不安感から人工乳を不必要に足さなくてもすむよう支援する。
  7. 出産後1年以上経っていても、母乳にはそれまでとほぼ同等の免疫物質と栄養素を含んでいる。安全な水や離乳食や食事が手に入るまでの期間は、幼児も母乳だけで切り抜けることができる。
  8. 安心して母乳育児が続けられるよう、母乳育児に詳しい専門家や母乳育児支援団体の相談窓口を活用してもらう。